昨日までサンフランシスコにてAPEC(アジア太平洋経済協力)およびCEO Summitが行われており、地元 (といっても会場まで1時間近く) 開催でもあったので初めて参加することにしました。
APEC自体は外交関係者および一部の招待されたトップ企業の経営者のみが参加でき、私が参加したのはCEO Summitのほうです。こちらは多少厳しい条件がありつつも、私のような一般人でも(相応のお金を払うと)参加ができます。
世界の関心の目は今年に入ってから一貫して「習近平氏の訪米とバイデン大統領との首脳会談は実現するのか?」でした。そして、ご存じの通り両国が継続的な対話の重要性を認め合うという歴史的な協調の一歩を進めるという成果につながり、特に主催国であるアメリカの政府関係者一同は胸をなでおろす結果になったのではないかと思います。
私はアメリカ政治の修士号を取得するほどには同領域への関心は高い一方で、最近はビジネスの世界にどっぷりと浸かっている中で知識も陳腐化し、政治を深く語れる状態にはないので、そのあたりはメディアや専門誌に譲ります。
イチ参加者として現地に赴き、普段のサンフランシスコも知る身として、記事やテレビだけではなかなか得られない現場の臨場感を少しでもお伝えできればと思います。
現状認識 ”the world is decoupling(世界はますます分断されている)”
CEO Summitでは各国首相 / 大統領からTop of Topの経営者まで多くのスピーチセッションがあり、通常のカンファレンスとの大きな違いは「基本的に重複なし」というありがたいタイムスケジュールになっていることです。すなわち、選択肢は減るものの、基本的にほとんど全てのセッションに参加することができます。
多くのセッションで共通して出てきた言葉があります。それは “decoupling” と “mitigate” です。特にサプライチェーン領域における世界のdecouplingが進んでいるという問題提起が多く、同時にそれをmitigate(緩和) する必要があるということが繰り返し発言されていたのが印象的でした。
今回のCEO Summitにもしシナリオが存在したとするのであれば、それはジョージ・W・ブッシュ政権時代の国務長官であるコンドリーサ・ライス氏が11/15 (水) のセッションにて行った訴え。彼女は米中関係に言及する中で今年の3月に起こった中国の気球による偵察行為(?)とアメリカ軍による撃墜について、中国政府がその後3日間に渡ってアメリカ政府から行った継続的な会話の要望に応じなかったこと、そしてコミュニケーション不全が引き起こす安全保障上のリスクについて極めて強い言葉で指摘を行いました。これがCEO Summit全体のトーンセットを行う役割を果たしたような気がするのです。
(参考↓↓) 気球撃墜のニュース
会議の中で異色であったのは、政治学者イアン・ブレマー氏。多くのスピーカーがテーブル上でプレゼンテーションを行うのに対し、11/16午前に行われた同氏のセッションはさながら大学の講義のようでした。舞台を縦横無尽に歩き、聴衆をも巻き込んだ魅力的なセッションを行った同氏は、「この米中首脳会談をもっと評価するべきだ」と述べました。
多くのリーダー達がDecouplingに焦点を当てるのに対し、今回の米中首脳会談がまさにこのdecouplingを緩和し、過去にあった3日間のコミュニケーション不在という安全保障上の脅威が二度と起こらないよう両国が確認を行ったとブレマー氏は述べました。このライス氏からブレマー氏への問題提起 ⇒ APECによる解決策提示への評価という一連の流れは個人的に予定調和に映った部分もありつつ、両氏も首脳会談の内容は事前に知らされていないはずなので、たまたまだとは思います。
いずれにせよ、ブレマー氏のセッション中の発言にもありましたが、APEC諸国がアメリカにつくか、中国につくかという二択を迫られるという最悪の状況を回避し、分断に向かう世界の現状を受け止めた上でその緩和に向かって両者が継続的な対話を続けていく、という合意に至ったことが最大のポイントかと思います。
A.I は世界をより良い場所へと変えるのか
今回のAPECをよりビジネスサイドから見た時に、トピックの中心は間違いなくA.Iでした。ひと昔前のBuzz WordでもあるWeb3、NFT、クリプト、ブロックチェーン、SPACなどを耳にすることは皆無でセッションにおけるテクノロジー上の議題は全てA.Iで、そこに政治関係者は環境問題およびサステナビリティの議題を上げるといった極めて偏ったものでした。
個人的に強く記憶に残っているのは2人のスピーカーです。1人はMicrosoftの現CEOであるサティア・ナデラ氏。”Leading in the New Age of AI” と題するセッションの中でファシリテーターから「あなたの母国であるインドでは未だ労働集約型の産業、そこに従事する人が極めて多いと思うが、AIは彼らに機会を提供するか?」と質問され、Noと答えました。もちろん自国を大いに発展させるポテンシャルを秘め、自らもMicrosoftという会社でこの新たなAI時代を牽引する身としてAIをポジティブに捉える一方、そのための大前提にAIの社会インフラ、具体的にはそこへのアクセスと使いこなすための教育の重要性を訴えました。逆に言外を敢えて捉えるなら、AI分野における社会インフラ整備がなければ国はその恩恵を十分に享受することは出来ず、新たな経済格差を生むということでもあります。
もう一人は昨年末から一躍時の人となったサム・アルトマン氏、ご存じOpenAIのCEOでChatGPTの生みの親とされている方です。彼はCEO Summitの終盤にMetaのCPOであるChris Cox氏とGoogleのSVP of Research, Technology & SocietyであるJames Manyikaと共にステージに上がりました。MetaのChris Cox氏がいたこともあり、トピックは2024年の大統領選挙の話に膨らみ、その後様々な世界的規模の影響に及んでいきました。比較的口数が少なかったアルトマン氏ですが、今後のAIの世界に及ぼす破壊的な影響の話になった際、他の2人が様々な具体的な可能性を長々と述べるのに対し、彼は一言「分からない」と述べて終わりました。選挙に関しても彼は「影響は分からない」と、二人と対照的な姿勢を見せるのですが、OpenAIの生みの親が言う「分からない」は重みがありました。
2人と司会者が盛り上げようとフォローする中でようやく出てきた続きは「今の段階ではAIは過度に規制しないほうが良いと考えており、そこまで危険な存在ではない。彼ら自身が今の世界が生み出しうるものと同じものを作れるようになる時、世界はAIに対するレギュレーションなどを真剣に考える時だ」というものでした。その後、彼は再び口を閉ざし、セッションが終わると余韻もなくさっさと一人舞台を降りていってしまいました。
(これを書き終わってまもなく、サム・アルトマン氏がOpenAIのCEOを解任されたという衝撃的なニュースが流れました。)
バイデン大統領の登場、そしてイーロン・マスク、、
APEC CEO Summitにおいて参加者が最も心待ちにしていたパートを上げるとするならば、多くの人にとってはバイデン大統領の登場と滅多に人前で話さない時の人、イーロン・マスクの最後のトリかと思います。
バイデン大統領のセッションは一旦全員が部屋からの退去を命じられ、外で1時間近く待った後に再入場の形を取るという、各国首脳と全くセキュリティ上の扱いが違いました。また、同タイミングで習近平氏の登場という話もあったのですが、残念ながらそれは叶わず、メッセージ (Written Speech) という形になりました。
習近平氏からのメッセージ
バイデン大統領のセッションの熱気は半端なく、これまで静かに聴いていた聴衆ですがこの時は多くの拍手や歓声が会場中に飛び交うなど、アメリカ合衆国大統領という圧倒的存在感をひしひしと感じさせられました。一方でセッション自身で感じたのはメディアを騒がす「年齢の問題」でした。舞台に向かう足取りは多少不安定であり、スピーチの大切なところは力強い一方で、途中の声量はかなり小さくなったりしました。そして、他のスピーカーになかった特徴として、いわゆる「言葉を噛む」回数が多くありました。年齢は仕方ない部分だと思う一方、メディアで言われている次回選挙における年齢の不安は会場で直に見ることで私も実感することになりました。ただし、さすが大統領と感服させられたのは、何度めかの噛んだ際にそれを即座に笑いに変えたところです。この機転で「チャラ」に出来る卓越した能力というか頭の回転は健在で、それで会場の空気が一転したことはその場にいた皆が感じたことと思います。
イーロン・マスク氏に関しては、ドタキャンのイメージをなんとなく持っていたので当日朝に「キャンセル」のメッセージが流れた時は残念さよりも「やっぱり」という気持ちが勝ったのを覚えています。厳密には現地参加が難しくなったのでオンラインによる参加打診があったとのことですが、他の全登壇者がリアルでの登壇だったことを主催者側が考慮し、彼を特別扱いせずに登壇させなかったと後に聞いて素晴らしい判断だと感じました。彼はサンフランシスコを象徴する企業Salesforceの創業者であるマーク・ベニオフ氏との対談を予定していたのですが、ベニオフ氏の対談相手は前日米中首脳会談にも参加していたジョン・ケリー氏となりました。セッション自体は面白かったものの、完全に聞き手に回るマーク・ベニオフ氏とひたすら話すジョン・ケリー氏を見たかった聴衆は少数だったのではないかな、と正直思うところもあります。
最後に、英語の重要性
①の最後に少し、言語について触れたいと思います。
最後のクロージングは2024年のAPECホスト国であるペルーのDina Boluarte大統領によって行われました。
彼女を含め、一部の国の元首クラスはおそらく誤った表現をしないことを重視して母国語で話す傾向にありました。また、ごく少数ですが中国LONGi社のCEOなどもパネルディスカッションを母国語で行い、通訳を介していました。会場では常に同時通訳がハードと共に提供されていたため不自由はしなかったのですが、目の前で力強く体温を持って行われているスピーチは通訳を通すとただの言語になり、熱量は完全にそぎ落とされます。それを重視する一部の首脳陣は英語のスクリプトを用意していました。またヨーロッパ出身のCEOの中には英語が明らかに母国語ではない方もいましたが、彼らは必要十分な英語を話すことができ、それによって大切な温度感がすごく伝わってきました。
1つの言い間違いが極端に言えば戦争を引き起こす可能性を秘めた国際会議の場ではプロの通訳をつけるのは当然のことと思います。一方で、その通訳を介して届くのは文章以上でも以下でもなく、そこに臨場感はなくなるということも今回体感できました。これはおそらくAIでも解決できないのではないかと思います。また、オンラインやメタバースといった世界が今後生まれてくるからこそ臨場感やリアルの交流がより価値を持ち始めると思われ、言語を操る重要性はますます高まるのではないかとイヤフォン越しにペルー大統領の最後のスピーチを聞き、来年のAPECに思いを馳せながら考えた次第でした。
(その②へ続く)
著者: 大山 哲生
役職:Skylight America Inc. CEO
略歴:大手旅行会社を経て、2007年にスカイライト コンサルティング参画
アメリカ・インドなど海外コンサルティング案件や事業開発に数多く携わった経験を活かし、現在はSkylight Americaの代表として海外関連のコンサルティング事業拡大をリードする。得意領域はプロジェクト型での事業リードと新規事業開発。